バラ

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バラは古代バビロニアの『ギルガメシュ叙事詩』に歴史上初めて登場しています。世界各地で古くから香りを愛好したり、神話に登場する事もありました。

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香油は古代ギリシャ・ローマでも親しまれ、ローマの属州である北アフリカや中近東で盛んにバラの栽培がおこなわれました。エジプトの女王クレオパトラも使用したと言われています。イスラム圏でも香油は盛んに生産されました。

神話では、愛の女神アプロディテもしくはウェヌス(ヴィーナス)と関係づけられたり、イスラム圏では、白バラはムハンマド、赤バラが唯一神アッラーを表すとされていました。

中世ヨーロッパでは、バラの美しさや芳香が「人々を惑わすもの」として、教会によってタブーとされました。その間も、修道院では薬草として栽培されていたようです。

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ナポレオン・ボナパルトの皇后ジョゼフィーヌは「バラの母」と呼ばれ、戦争をしている間も、敵国とバラに関する情報交換などを行い、世界中からバラを取り寄せ、「バラ図譜」を描かせました。このころに人為交配による育種の技術が確立されたようです。ジョゼフィーヌの造営したバラ園では原種の蒐集、品種改良が行われ、19世紀半ばには品種数は3,000を超えました。これが観賞植物としての現在のバラの基礎となり、その後も世界各地で様々な品種が生み出されました。

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日本はバラの自生地として世界的に知られています。品種改良に使用された原種のうち「ノイバラ」「テリハノイバラ」「ハマナシ」の3種類は日本原産です。バラは古くは「うまら」「うばら」と呼ばれていました。『常陸国風土記』の茨城郡条には茨城県の県名の由来ともなっている古事が記されています。

江戸時代初期には西洋からもバラが持ち込まれ、「コウシンバラ」「モッコウバラ」などが栽培されていました。明治以降も愛好者が増えましたが、第二次世界大戦で生産が停滞しました。しかし、鳩山一郎や吉田茂などバラ愛好家が普及に貢献し、戦後の高度成長期にバラは嗜好品として庶民にも普及していったのです。日本でも品種改良が行われるようになり、鉄道会社が沿線開発の一環として、バラ園の造営を行うようになり、各地にバラ園が開園されました。

現在、花卉としてはキク、カーネーションと並ぶ生産高があり、ハウス栽培で年中市場に供給されています。ガーデニングの流行もあり、多くの人に愛好されています。

wikipediaより一部抜粋